2015年05月11日記載
デジタルネイティブ時代であっても思想はアナログでいこう
何事もバランスが大事である。とかく報道に伴う世論の動向ではゼロイチ議論になりがちだ。もちろん日本国民がすべてゼロイチ感情をもっているわけではなく、報道として取り上げやすいゼロイチ意見が目立つからからだろう。

今回はコミュニケーション手段について考えてみたい。携帯電話からスマートフォン主流の時代に移り変わり、今まで以上にメールやSNSによるコミュニケーションが活発化し、個人間同士のコミュニケーションの大半は音声通話ではなく文字よる情報伝達へシフトした。

個人に限らず、企業においても、文字コミュニケーション比率が増加し、電話による連絡と変わらないレベルまで電子的な文字による情報伝達手段が重要視され、一昔前に見られたような「先ほどメールでお送りしましたが、ご覧いただけましたでしょうか」など、メール送信後にわざわざ電話で確認する姿もほとんど見られなくなった。

インターネット回線を利用したデータ通信が普及したことにより、海外との連絡も、20年前以上の時代にような国際電話を利用する高額な方法でなくても、手軽にIPで情報を伝達できるようになったことで、今までよりも手軽に何処とでも連絡がつけられる時代は、20年前から想像もできない夢のような世界が存在している。

その結果、IT企業以外の一般企業でも、同じ部署や隣の席にいる人に対しても、文字を使って伝言する時代となり、直接顔を合わせて会話する場面が減ってきた。こうした状況を見て、他人とのコミュニケーション能力が欠如しているのではないかと危惧する経営者もいると思われる。

そこで決まって耳にする言葉がある。無機質な文字ばかりに頼らず「フェイス・トゥ・フェイスを大切にせよ」と。確かに直接顔を合わせて会話することは大切な要素であることに異論はない。わざわざ少しだけ席を立てば、直接話ができる環境にありながらメールを使って会話をするのは問題視したい気持ちは理解できる。

そこで出てくるのが「社内間でのメールは悪」とする発想だ。

一番の問題は、メールは全部悪とするゼロイチ的感覚こそ一番の悪である。デジタルなコミュニケーションツールを利用するのは、あくまでアナログである人間である。考え方までデジタル化して、「とにかくダメ」議論を持ち出すようこそ問題である。自らキーボードで文字すら打てない古い経営者ほど、文字だけの情報伝達を危惧する傾向がある。しかし本当にメールによるコミュニケーションが悪なのかと考察すると、直接会話では得られないメリットのほうがむしろ多い。

例えば、文字なら簡単に記録に残せる。言った言わないなどのトラブルを避けることができる。以前、口頭の代替手段として用いられたFAXも、受信した紙も無くすリスクがあったが、メールはその点も少ない。そして一番のメリットは、口頭では伝えづらい内容も正しく本音を伝達できる点ではないだろうか。

口頭の場合、失言しないように意識するあまり、当初考えていることを頭の中で整理する時間がないため表現を控えてしまうことも、文字なら送信前に自ら文章を見なおして、相手により確実に伝えるための考える時間的猶予もある。そして受信する側の時間都合も相手任せに調整もできる。

もちろん文字化することで口頭に比べて、タイピングする時間と文章校正する時間が、生産性を低下させているのもあるだろう。それでも最終的に一回で確実に相手に伝えるべき情報を伝達できれば、結果的に生産性は向上していると考えることもできよう。

更にいえば、電話が主流だった時代に生きてきた世代の方たちにくらべ、圧倒的に文章作成能力が高いことも見逃してはならない。文字で表現するのが当たり前の時代に育った世代にとって、簡単な報告書作成に関わる文章作成時間はかなり短いはずだ。

仕事でも文字コミュニケーションも積極的に活用しながら、直接相手の顔をみて会話もするバランスが大切なのである。「直接の会話こそ美しい」、「文字だけでコミュニケーションされあえば、相手と顔を合わせなくても良い」といったゼロイチ的なデジタル発想こそ悪である。それぞれの良さをバランスよく活用しながら便利なアイテムを使い切りたいものである。


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