2017年10月06日記載
「わかりやすい資料を作ってくれ」と指示する者は無能の証
ビジネスの世界ではあらゆる場面で資料の作成が求められる。事務作業の仕事に付く人なら、ExcelやWord、PoworPointを使った資料作りに何かしら関与しているだろう。

作成する資料は、他人に読んでもらうために作られる。他人が理解することが達成できてこそ、価値のある資料となるわけである。

例えばある製品についてのPRをするための資料を作ることになったとする。目的の製品はある程度専門性の機能をもった場合、購入してもらいたいユーザが理解できる内容であれば目的を達成することができる。

ところが、資料作りを指示する上司が知識がその製品に対する知識が乏しい場合、かなりの高い確率で飛び出す共有の言葉がある。

「わかりやすい資料を作ってほしい」

この「わかりやすい」とは、実に曖昧な表現である。誰に対してわかりやすいのかを明示せず、漠然と「わかりやすさ」だけを付け加えて指示を出す上司の言葉の中には隠れた基準が存在する。

「私でも理解できる資料を作ってくれ」

上司である私が理解できないのだから顧客も理解できるはずがないとする絶対的な基準が存在する。もし上司が優秀ならば、こうした発言は絶対に出ない。大事なのは資料を読んでもらう対象者が理解でき、売上貢献する可能性がある資料であるかが重要であって上司本人が理解できるかどうかは別問題だからだ。

私の経験上、無能な責任者ほど、漠然とした「わかりやすい」という枕詞が発出される。もし優秀な上司ならきっとこう表現するだろう。

「○○顧客向けの資料を作ってくれ」

資料にせよ、セミナーにせよ、最も伝えたい人の心に響く内容でなければならない。世の中の人たちは多様性に富んでいる。だからこそ資料もターゲットなる層に響く資料であることが求められる。定義があいまいな「わかりやすい」を主眼に置くと、焦点がぼやけてしまう。

Web検索で大抵の事柄を調べることのできる現代社会においては、上司より部下のほう知識量が勝ることは珍しくない時代である。

そして資料の読み手も意味がわからない用語が出てきたら、その場で検索して調べることが求められる。今や読み手側も読解する力が求めれている時代である。

「わかりやすい資料」という曖昧表現だけで指示する上司がいたら、すぐに降格させるべきである。もし指摘するならば、具体的に修正指示を出すべきである。上司自身のスキル不足が原因で資料の中身が読解できないだとするなら作成された資料によって顧客からの反応がどうであったかを部下に求めれば良い。資料作成の最終目的は売上拡大なのだから。
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