2018年04月06日記載
最近、ペンをもって紙に字を書いていますか?
時代が進めば情勢も変化する。年齢を重ねていくと時代変化に対して鈍感になっていく。一昔前は当たり前だったことが気づけば時代遅れになっているケースは枚挙に暇がない。だからこそ、年齢を重ねても常に時代変化に敏感であり続けることが大切である。

過去20年間で最も変化があったのは「コンピュータ」と「ネットワーク」だろう。記憶容量も処理速度も20年前と比べて1000倍に跳ね上がり、膨大な計算を並行して処理できるコンピュータ端末が高速ネットワーク回線と常時接続できる端末が、ポケットに入る時代である。

このうち、「計算」だけに特化して振り返ってみると、昭和50年頃までは計算機として「そろばん」が使われ、平成10年頃までは「電卓」を、そして現在は誰もが「表計算ソフト」を使って計算業務を行っている。もちろん今でも電卓は使われるが、多くの数字を繰り返す検算業務はほぼ100%の人がExcelを使っている。表計算ソフトは電卓ボタン押し間違いによる人為的ミスも防げる優れもものである。

私も過去計算する業務が苦手だったが、Excelのおかげ苦手意識を克服し、費用計算業務も臆することなくできるようになった。

コンピュータの発達に伴って、手でペンを持って文字を書く時間はどんどん少なくなっている。私自身振り返ってみると、会議等でメモを取る、新しいことを考える時は紙とペンを使うことはあるが、それ以外の業務ではほぼペンを持つ時間はなくなった。その影響で文字を書く筋力がジワジワと衰えてきているような気がしてる。

これまでは手で文字を書く能力の低下に対し危機感を抱いていた。しかし最近は考えが少し変えることにした。手で書く能力が低下しても構わないと。そのかわりにキーボードのタイピング能力やフリック入力といった入力デバイスを使ったスピード向上力や、適正に漢字を選択できる能力、ネットを使った検索力を付けるほうが未来に向けては重要だと考えるようになった。

つまり多少の手書力が多少衰えたところで、生活に影響はないと考えることにした。
(こう書くと誤解を招くかもしれないので念のため付していくが、全く文字が書けなくなっても構わないわけではない。あしからず。)

私自身、40代中盤を迎え、周りの同世代たちをみていて特に感じるのは時代変化に対応したい気持ちはありつつも、変化対応を受け入れることへの拒絶心との狭間でもがいている人たちを多く見かけるようになった。変化したくても過去の経験を捨てきれず、その結果、変化対応できていない人たちである。

このままの気持ちで50代、60代になれば、「最近の若いものは」と揶揄する世代となり、ひいては、若者世代から老害扱いされるようになるパターンに向かう。他人(若者)にとって、人生の先輩方の持つ過去の経験の多くは大して何も役に立たないことを、当人たちは全く気づかないである。

もちろん変えてはいけない継承すべき事柄はしっかりと継続しつつ、変わるべき要素があるなら、過去の実績を捨ててでも変化対応に繰り出す勇気が必要だ。私は現在も常に最新の潮流に耳を傾け、変化対応に柔軟な60代の人生のベテランの方たちを見かけると素直に尊敬する。

過去は所詮過去である。過去からは学ぶのは未来に対してのヒントを探る材料として重宝させる。過去の栄光が未来を見据える上で必要のない栄光だとしたら、ドンと捨てる勇気を持たなければならない。
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