2018年05月08日記載
北朝鮮の急展開情勢、各国は冷静な対処と評価対応を求む
人が下す評価は常に相対評価基準に基づく。何を基準した判定であるかは様々だが、何かしらの判断基準に対し上か下かで良し悪しを決める。だからこそ比較対象とする基準をどこに設定したかが重要となる。

一例をあげてみよう。

・いつもイライラしている人が笑顔になる
・いつも時間にルーズな人が時間通りに行動する

普段から笑顔な人や時間に正確な人と比べて意外性によって評価を上げる事例といえよう。

健康に不満がない人は、健康であることが当たり前と思う。だから毎日が健康であることへの感謝の気持ちは高くない。しかし日常生活がままならない人からすれば健康体は希望であり、価値観に大きな差が存在する。

同じ結果であれば本来同等に評価するべきである。しかしながら人は、絶対評価に感情論を加算してしまう傾向がある。意外性により評価を無意識に高まめてしまう問題が潜んでいる。

昨今の北朝鮮の動きをみてどう思うか、さすがに評価をする論調は少ないが、韓国内からは多少なりとも評価する声が聞こえてくる。同一民族の問題とはいえ、頑な態度が多少軟化しただけである。

たとえ北が不可逆的な核放棄を実行しても、異常な状態から普通に戻るだけである。そもそも過去からずっと核兵器を放棄している国の方が評価されるべきなのに、放棄を宣言しただけの国が評価されようとしているのがどうもやりせない。

あくまで北朝鮮が核を完全放棄が完了した時点でようやくスタートラインに立つことが許される。経済制裁緩和は更にその先の一歩を踏み込んだ行動が伴ってから実行するべきである。間違っても、見せかけの段階的な放棄でご褒美をあげ、そしてまた裏切る歴史の繰り返しをさせてはならない。

これまで狂っていた独裁国家である北朝鮮が、継続する経済制裁によって懐加減が徐々に苦しくなっている証拠なのは明白だ。独裁者はこれまで自分の考えと合わないも者を次々と粛清しておきながら、一方で自ら暗殺に対する怯え度合いは南北会議での行動を見れば明らかである。北の指導者の精神力の脆弱さは相当なものであることは安易に想像できる。

だからこそ、もっともっと強気な態度で周りは北を攻めるチャンスが巡ってきたのである。普通に振る舞いに歓喜をしている場合ではない。尺度を変えただけの姿に惑わされないよう、各国が今後の対応してくれることを祈るばかりである。

日本が北にもとめるのは拉致被害者に対する自国による現地調査と、国交正常化の2つだけである。なにもない国からその他の要求に興味はないはずだ。何も要求しなければ何も得られないのだから強気で攻めてほしいところである。

世界が注目する米朝会談。もう落胆したくない。強いトランプを見せてくれるのか。あまり期待せず動向を注視していきたい。
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