2018年07月19日記載
親の安心のために安全の意味を取り違えてはならない
日本語には似て非なる言葉が多い。日常生活でよく使われる言葉のうち、個人的に意識して使い分けしている言葉を書き出してみる。

・安全と安心
・委任と放任
・見守と監視
・怒ると叱る

安全と安心は言わずもがなだが、世の中の報道はセット取り上げられることが非常に多い。人々は本当のところ安心がほしいだけなのだが、それを安全に対して無駄に高い要求を突きつける傾向が見られる。

何事も、何かしらの目的を達成するために大なり小なりのリスクを負って行動する。ところがそのリスクを100%のゼロを要求する風潮が、原発事故をきっかけに更に高まったように感じるのは私だけだろうか。もちろんリスクはゼロであるのは望ましいのは言うまでもない。だがゼロはありえないことを誰もが認知すべきである。大事なのは有事になった場合も想定した回避策を準備しておくことではないだろうか。

委任/放任と見守/監視は主にビジネスか日常生活の違いはあっても基本的な意味合いとしては同じ違いがある。「彼に任せている」といいながら「ほったらかしの上司」だったり、見守りのつもりが監視になっていたりすることはないだろうか。

私の中に、子育てから社員教育までにおいて共通した持論をもっている。一言で表すと「放牧型教育」だ。

これを聞いて一体何を言っているのかと思う人は多いと思う。私が提唱する「放牧型理論」の根底には、一定の自由さを確保しつつ一線を超えない範囲で見届けるという意味を持つ。

私自身、生まれてから現在までにおいて苦痛だった体験のうち、3点だけ記憶に残っている要素をピックアップしてみる。

(1)親と一緒に補助輪なしで自転車練習
(2)指示待ち状態を強制される状況
(3)取るに足らない結果が明らかな業務を指示される

これらの問題解決には、放牧型理論こそが重要だとの思いという意味である。
では具体的にはどういったことなのかを事例を挙げて説明する。

事例(1)子どもが滑り台をするために階段を登る
ダメな例:階段を登る子供の背中に親が手で支えてさせながら階段を登らせる
放牧型理論:子どもに直接触れず、万が一の際は支えられる距離で見守る

事例(2)仕事を一通り覚えた2年目の社員
ダメな例:当日のスケジュールを上司がすべて決める
放牧型理論:今日の予定があるかを聞いてから当日のスケジュールを上司が調整する

事例(3)部下への資料作成指示
ダメな例:利用目的を示さず、機械的に資料作成を指示をする
放牧型理論:誰にどの目的で使うかを明示した上で資料作成を指示する。

それぞれ詳細の解説はしないが、ニュアンスはご理解いただけるかと思う。特に子育て系では、親の安心のためだけに過剰防衛する親が多いような気がしている。階段からの落下が怖いため、最初から登らせることすらさえない親もいる。子どもが自ら何をしたら危険であるかを覚えさせるには、擦り傷ぐらいの怪我もどんどん経験させるべきでがないだろうか。

塾は親が行かせるものではない。子どもが行きたいといったら塾に行かせるべきである。自主性のない強要に価値は生まれない。
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