2018年11月06日記載
ユーザにとって広告は邪魔、でも世の中には必要な存在
NHKを除く民法は無料で優れた番組を見ることができる。無料のうらには広告の存在がある。テレビCMは数ある広告の中でも最も高い部類に入る。わずか15秒の告知で数百万から数千万円の費用を掛けて放送される。

広告主はそれだけの多額の費用を掛けても効果を見いだせるから高額なお金をテレビ局に支払う。私たちの一般視聴者には普段意識しない広告によるビジネスモデルの裏には多額のマネーが動く。

電車に乗っても広告だらけ。ネットでも広告バナーの嵐。無料のウラには広告ビジネスが動いている。世の中には多くの広告が埋まっている。人が吸収できる情報はそのうちわずかしかないから、一所懸命広告を出しても実際に目に止まり、売上につながる割合はわずかしかない。それでも企業は広告宣伝費に予算を割く。

どんなに優れた商品でも認知されなければ売れない。逆に言えば大した商品でなくても、認知があればある程度売れる。これが実態である。認知されるために企業は営業経費を掛けて売れるための方策を練る。

例えば住宅販売について見てみる。

住宅販売は小さな不動産会社が担っていることが多い。そんな小さな会社が自社のWebサイトで集客してまして契約まで持っていくのは不可能に近い。個人の相手の不動産事業はほとんどが新規客相手だからsuumoやhomesなどの大手サイトにお金を出して登録して集客を図るしかないのが現状である。

無名な企業は集客力のあるマス力を持つメディアにお金を払って告知してもらうしかない。自ら無の状態からマスになることはとても困難な時代だ。スタート時は既存のマスにお願いするしかない、悔しいがそれが現実である。

今、Webサービスをゼロベースから立ち上げる立場になってから、つくづく周知活動の難しさを実感している。本当の意味での自己投資をして広告宣伝をするターニングポイントに立っている。

もし世の中に広告モデルがなかったら。

はっきり言って想像がつかない。いまも思う。株式会社の石付けを考えた渋沢栄一もすごいが、広告というビジネスモデルを考えた人は本当にすごい発明だと思う。


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