2019年01月02日記載
株式投資は最高の社会勉強の場である
世の中には多くの未来を予測する業種がある。最も世の中に貢献している予想業は天気予報だろう。今日明日の天気予報をみて行動予定を決める。日本の天気予報の的中率は9割近く世界優秀の的中率を誇る。

競馬の予想屋さんはどうか。的中率を語ることそのものに価値はない。競馬の専門家の存在は自分が予想するための参考情報としてとても役に立つ。専門家の予想はオッズの推測に役に立つから価値がある。

それにくらべ投資アドバイザーはクソ商売である。適当にコメントし結果に責任を追わず給料をもらうだけ。自分のマネーを差し出して成績を公開するならいざしらず、サラリーマンとして意見をいうだけの存在は無価値である。この手の職種が存在できるのは、自分で何も考えずに自称専門家のいわれるまま個人の資産を差し出す無能な個人投資家がたくさんいるからだろう。

過去から学ぶことはできるが未来は予想できない。すべてが自己責任だ。それでも自分で考えることもせずに他人の意見のまま自分の資産を差し出して運用を任せ、結果が思わしくないと文句だけ言う低能の人たちが多く存在している。なぜ低能なのに投資できるだけの資産を持っているのだろうか。

高度成長時代を生きた方たちの多くは、自分で考えずに会社から言われた指示だけを淡々と昨日の繰り返しするだけで毎年給料が上がる時代を生きた人たちが多かった。だから低能であってもお金を持っている人たちのおかけで投資判断すら他人意見に沿って行動する。無責任アナリストたちが給料もらう源泉になっている。

投資方法はすべて自分で考えて行動するから意味がある。投資によって儲かる損する以前に他人任せの投資なんて全くおもしろくない。自分で考えて行動するからこそ面白い。楽しくなければそもそも続かない。

私の現在の投資実績は散々たる状況だが、投資を始めたことに後悔もないし、これからの不安なんてまったくない。それどこか毎日がワクワクしてたまらない。更新が滞っていた本コラムが毎日更新できるほどネタが湧き出てくるのが投資の世界である。株式投資をしていなかったらこうはならなかっただろう。

ただ数字が上下するだけの世界。ただの数字なのに自分の資産が日々変動にさらされるのは毎日がドラスティックである。それだけでも株式投資を始めた価値があると思っている。

今の手持ち株を今後どうするかをいろいろと考えるだけで楽しい。いつ売るか、新たに何をどれだけ買うか、配当はいくらになるかなど。これからやりたいことが次々と溢れてくる。株式投資を始める前はこんな気分になるなんて想像もできなかったし、ここまで自己研鑽につながるとは思いもしていなかった。株式投資は最高の社会勉強の場である。


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