2019年04月14日記載
知識量が乏しい人はネット検索経験テクニックも乏しい
学生時代は定期的に試験が与えられる。テストのために嫌でも勉強しなければならない。学校に行けば決まったカリキュラムに沿って授業が組まれている。すべてが受け身だ。予め決められたルールに合わせて過ごすことも勉強の一つ。共同生活の場が学校だ。

学校を卒業し社会人になると環境は一変する。原則自分で考えて行動することが求められる。学校のように待ちの姿勢ではなくすべてが自発的な行動が求められる。自発的な行動をして結果を出したものが査定につながり収入に直結する。

社会人になると勉強が強制されないため、勉強しなくても生活はできる。社会人になると学生時代以上に自発的に勉強を継続する人としない人とでは年齢を重ねるにつれ、知識差はどんどん広がっていく。

インターネット全盛時代において、知りたい情報はすぐに調べることができる。スマートフォンが手元にあれば、いつでも場所も問わずにすぐに情報を入手できる素晴らしい時代になった。

新しい情報を正しく理解するには、日々の積み重ねによる前段知識がないと、同じ情報でも誤った解釈になってしまうことが多々ある。そのためにも毎日の知識の積み重ねが大切になる。

例えば、新聞を単発でただ読んだとしても、書いてある内容を自分なりに深読みしたり、分析したりできるようにならない。毎日情報を仕入れ続けない限り、記事書かれている背景との総合的な読解力が養われる。

勉強は毎日の積み重ねだ。社会人における勉強とは、参考書を開いてノートに書き写すこと行為や資格取得を指すのではない。新しい情報や知識のインプットを継続して自己考察力の要請を指す。社会人における勉強の在り方は、疑問に思ったらすぐに調べて解決を図る。知らないことをそのままにせず、その場で知らないことを知っていることに変化させる。この繰り返しが社会人の勉強の形である。

インターネットという素晴らしいツールによって30年前の時代とは比べ物にならないほど情報収集活動は短い時間済ませられる。ほしい情報にたどり着く時間が短いのだから、それだけ多くの情報や知識を得る機会が与えられている。

私は毎日、相当の回数をネット検索を実行する。ネット検索の回数の多さは知識量の差に比例するからだ。知りたい情報が簡単に時間をかけずに活用しきれる人こそ知識の差となる。

ふとしたことに疑問を持ったらすぐにネット検索すれば良い。Google先生がきっと求めている情報を引っ張ってくれるだろう。今の時代は検索力の高さが知識の差ともいえる。

知識量が少ない方は例外なくネットで検索回数経験値が低い傾向がみられる。検索回数が少ないため検索テクニックも向上しない。知りたいと思った情報にたどり着くための検索テクニックも勉強である。

インターネット検索と書籍、そして新聞。それぞれが似て非なる3つの情報収集媒体。3ルートの情報媒体にはそれぞれに情報の内容の価値に差がある。どれが良い、悪いとかではなく、3種のツールをそれぞれ平行して情報収集に努めたい。誰でも博学になれるだろう。


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