2019年09月01日記載
年齢を重ねてると体力は衰えるが頭は衰えない
年齢を重ねると体力は必ず衰えていく。唯一年齢に大して対抗できるのが脳である。脳は鍛え続ければ衰えるところか永遠に進化する。年齢を重ねたら頭の回転が悪くなると考えるのはそう思っているから衰えるのである。

物忘れしたことを加齢を理由にした時点で退化が始まる。突発的忘却は年齢に問わずどの世代でも経験するし、年齢が直接的な原因ではないと言われている。年齢とともに経験を重ねることで周りからの声や不必要な情報も多く飛び込んでくるため、年齢を理由にする傾向が高いだけである。また、勉強したくない、苦労したくないなど潜在的意識があるために年齢を口実にしている人が多すぎるのである。

人生末期を迎えると体力の衰えで頭で考えたことを他人にうまく表現ができなくなる。健常者からその姿をみると表現力の衰え=頭脳の衰えと勘違いする人が多い。

母が他界してからまもなく2年を迎える。人生最後まで脳は正常だった。日を追って衰える体力から、わずかな身振り手振りでこちらからの応答していた。最後は眼球の動きとまばたきで反応していた。最後まで立ち会った中で、完全に睡眠モードに入り意識を失う直前までこちらからの声掛けにはすべて理解を示していた。

成長著しい子どもたちの成長を毎日観察していると本当にいろいろ勉強になる。成熟した大人と違ってあらゆる身の回りの出来事が初体験の連続なので、常に頭の中は全開放型モードで突っ込んでくる。

こちらが何気のない言葉や行動一つ一つ逐一観察し真似て行動に移す。下手な言葉を使うとすぐに真似される。だから子供の前での発言はいつも気を使って発するようにしている。

大人になると人生の経験値によって、全開モードの思考回路に自分の思考力がマッタをかける。世の中の膨大な情報に対して無意識にフィルタが掛かっていく。

老害と言われてしまう人たちはフィルタが強すぎる傾向がある。過去の成功体験ばかりにこだわって今の姿より自分に都合の良い事柄だけ聞き入れてそれ以外は無意識に切り捨てていってしまう。気づいたら周りから老害呼ばわりされるようになる。

私も将来老害と言われないためにも、子どもたちのように頭の中を常にオープンを維持して、自分にとって反対の意見を言われてもひとまず聞き入れる姿勢を貫いていきたいと思っている。

できるかな?


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