2020年08月05日記載
安全安心に対する世論はすべて最小公約数によって決定する
昨日の東京都の新規感染者は309人で重症者も7人増加して22人となった。明確な第二波が来た当初は重症者数は5人だった。残念ながら感染者数急増に比例して重症者も増えていることは認めなければならない。

一方、重症者の大半は70歳以上で且つ持病を抱える人が多い。持病を持っていなくてもヘビースモーカーで潜在的に肺機能低下している人も含まれる。重症者の定義は人工心肺装置を設置する人をいう。

重症状態からから回復した人は、目立つ持病もなく体力のある70歳未満の比較的元気な人たちが中心で、すでに肺機能が劣化している人や抗がん剤など免疫力が低下している人が新型コロナウイルス感染によって重症化すると、残念ながら助からないケースが目立つ。

高齢者が住む地元に帰省する人が増えるお盆シーズン。来週一週間夏休みのサラリーマンは多い。

持病を持っているとか、抗がん剤治療中の親御さんが住む家への帰省はリスクがあるのは確かだ。

しかし、単なる旅行であるならお盆休みを利用してじゃんじゃん出かければ良いと私は思っている。

日本人の悪いところは何でもゼロイチ議論にしたがる傾向が強すぎるところである。

リスク回避すべき部分とリスクをとっても影響のない部分を棲み分けすべきなのだが、一律でリスクと捉える傾向があまりにも強すぎるのではないか。

安全安心に対する世論はすべて最小公約数に偏った判断で動いてしまう。

工業病やアスベスト問題、放射能汚染、津波リスク、そして新型コロナウイルス。

全部そうだ。津波リスクが騒がれた2011年では都心の湾岸エリアのマンション価格が暴落に見舞われた。ところが翌年からすぐに価格は戻っていった。

私も海から近い場所に家を買った。地盤も軟弱地区である。しかし移動するには利便性が高く生活する上でとても便利な街なので私はとても気に入っている。

しかし家を買うという意味では不人気エリアである。高台や硬い地盤エリアの方が人気が高く土地の値段も割高である。たとえ駅から遠いエリアであっても人気が高い。我が家は人気エリアより2割ほど安価な水準の街である。

そもそも天災リスクなんてものは考えたらキリがない。どんなに地盤が固いエリアでも阪神大震災のような直下型地震ではどうにもならないし、津波リスクのない街だと安心していても近くの河川が氾濫して堤防が決壊すれば広域で水害をもたらす。

我が家も河川リスクはあるにはあるが、海から近いため、水もすぐに海に流れ出てしまうと思っている。むしろ2011年に多くの人が懸念した津波リスクのほうが可能性としては高い。でも津波で自宅が流されるリスク低いし、万が一そうなったら運命だと思って割り切っている。

本当にリスクをゼロにしたいなら、自動車にも電車にも乗らず、賃貸で住み続け、外出もせず家でジッと生活していれば良い。

でもそんな生活どこが楽しいのだろうか?

まるで貯金だけしてお金をほとんど使わない生活と同じではないか。

そもそも何もせず、外出もせず家でジッとしているのがほうがリスク回避できると思っている人は、運動不足による健康リスクを増やしていることに気づいていないと思われる。

世の中にゼロリスクは存在しない。なにかを得るにはリスクを覚悟する。その上でリスクを最小限する努力は惜しまない。

こんな単純な発想を持ちあせていない人があまりにも多すぎるように感じている。
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