2020年09月10日記載
自分が英語ができないから我が子を英語教室を通わせる親たち
同じ保育園を通う4~5歳子供たちの中に、英会話スクールに通い、水泳教室にも行き、そしてピアノも練習している子がいる。毎週末になるとどこかに通っている生活を送っている。

我が子は、そうしたスクールには一切通わせていないし、通わせるつもりもない。英会話なんて小学生後半からで良いと思っている。

4~5歳のレベルなんて母国語である日本語ですら未熟なのに英語だなんて馬鹿げている。大事なのは英語よりまず母国語を習熟させるほうを優先するべきだ。

親によって子供には良い人生を歩んでほしいと願うのは当然だ。でも当人の意思を無視してまでやらせるのはいかがなものかと思う。

いろんな体験をさせることで、子供に気づきのチャンスを与える場を設ける意味でたくさん挑戦させるのは価値はあるかもしれない。

しかし、たくさんの経験をさせるのは時間軸で一つ一つをずらして提供するべきである。一つのことをやらせてみて、本人が楽しくなかったら止めて別のテーマをやらせて、夢中になれることを探して上げることが大事。

たくさんの経験をさせたい思いで、複数を同時にやらせるのはナンセンス。全部中途半端になってしまうからだ。

将来、英語は必須な時代になる。早いうちから英語を学ばせたい気持ちは理解できる。だからといって日本語もままならない年齢の段階から英語を無理やり教えても無意味だ。

日常生活が英語圏での生活ならともかく、普段は日本語で、週1の英語教室を通っても頭に入るわけがない。

現に私がそうだったからだ。小学校低学年の時に自分から行きたい親に嘆願して英語教室に通った経験がある。小学生同士では英語は知っているほうだった。でも中学後半からは初期のアドバンテージはなくなった。

根底に英語がそこまで好きじゃなかったからだと思う。英語が好きになれるような環境に身を置くためのスクールではなかった。

自分から言い出したものの楽しいとは思えなかった。後半は惰性で通っていただけだったのを思い出す。

自分は英語ができないから、我が子には英語をマスターしてほしい思いで英語教室を本人の意志に無関係に通わせるのは親のエゴだ。だいたい自分ができないことを子供に期待をかける親は例外なく低能レベルと断言する。

我が子には、自分からやってみたいと嘆願されたら、躊躇なくやらせてあげればいい。でも親の判断でやらせるようなことは絶対にしないし、させてはいけない。

勉強ができる根底として「好きになる」要素が求められる。好きでもないことは勉強させられても決して頭に入ってこない。

だから親がやるべきことは、子供の意思を尊重させて経済的支援をするだけで良い。

なにかを夢中で好きになるためのきっかけを知ってもらうために、様々な小さな体験をさせてあげることが大切だ。

自分から夢中になれる情報を提供する。それが親の役割だと私は思っている。

英語を早い段階から覚えてほしいと願うなら、親が自ら我が子に教えてあげれば良い。自分ができないから教室に通わせるのは馬鹿親がやることだ。
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