2020年12月03日記載
ワクチン接種者に何かあったらマスコミはきっと大騒ぎするだろう
ゼロリスク民族日本。イギリスでファイザーワクチンの正式承認に対する国内の反応を一言で表してみた。どこのメディアに出演する専門家という名の人たちは総じて慎重の発言が中心だった。

正しく言えば、慎重な発言をする人たちだけ放送した可能性すらある。一つのミスも許さない社会風潮。先日の東証社長辞任も同じパターンである。

ワクチンは万能ではないのは誰でもわかっているはず。インフルワクチンも受け入れて接種している人が大半だ。でも新型コロナワクチンの場合、この先一人でもワクチン接種して小さな副作用が出たら、確実に報道のネタになりそうだ。

マスメディアは、ワクチン接種者に一人でも副作用、再感染の事象が出たら大々的に報道し、不安を煽る報道する姿が安易に予想がつく。

「そら、みたことか!」なんていうふうに。

すでに昨日の報道でも、ワクチン接種しても抗体期間が短いので意味がない、なんてコメントも見受けられた。

メディアから発せられるリスクばかりを中心に報道が繰り返されるたびに、ゼロリスク思想の日本人がますます補強されていく気がしてならない。

過去を振り返ればレーシック施術だってそうだった。レーザー治療以前のメス施術時代の感染症を大きく報道し、レーシックは怖いイメージが浸透した。

ちなみに私の視力は今でも両目1.5である。(右目はギリギリ1.5を確保中)

レーシック前は0.01以下、コンタクトレンズのディオプター値は-7.0の近眼時代から世界が変わり、本当にレーシックを受けてから、美しい視界を10年近く手にしている。

話は逸れたが、人々は安全性の言葉を武器に、リスクゼロを要求する。商品一つとっても消費者はメーカーに足し絶対的な要求を施す。

ゼロリスク発想をプログラムの世界にも持ち込む人もいる。初期リリースから完璧なものを出すのは不可能だし、不具合も大なり小なり後日発見されるのがプログラム開発の世界である。

ソフト開発の実情を認知しないユーザは、少しでもバグがあったら信頼性がないと糾弾する顧客さえいる。これが医療に関わる分野にでもなれば、すぐに損害賠償請求なんて話にも発展する。

供給過剰な時代だからなのかもしれないが、リスクゼロを目標としつつも、リスクゼロは存在しないことへの認知が低すぎるように感じている。

リスクを取って失敗したらマイナス評価。リスクを取らずにマイナスがない人を評価する日本企業。本来はリスクを恐れずに挑戦し、成果を出した人を評価すべきだが、実際は減点方式が常態化している。

こうした人事評価思想は、経営者が挑戦者なタイプが就任しない限り、今後も変わらないだろう。

さて、イギリスの緊急承認でワクチン接種が開始される。動向に注目だ。実態経済との兼ね合いに対し、どのようにイギリス経済が変化していくのか。

人々の動きや政府の行動制限にも変化が出てくる可能性もある。先進国である英国の先行ワクチン接種の動向は、リスクを恐れず挑戦する英国の動向に世界が注目している。

自宅で子供向けに新幹線の動画をYouTubeで見る機会が増えている。昨年夏のお盆シーズンのホームの状況を見ると、人で大混雑、ぎゅうぎゅう詰めでホームに並んでいる。もちろん誰一人マスクをしていない。

たった1年前まで当たり前だった光景が今では猛烈に懐かしく感じてしまう。マスクなしで混雑当たり前の時代が、戻るのはいつなのか。

ワクチンの力でまた戻って欲しい。自由に海外に行ける日が戻って欲しい。3月の武漢報道から願い続けた2020年も残りわずかとなった。

通勤満員電車の世界には戻りたくないが、適度に混み合うソーシャルディスタンスのない世界に戻る日を待ちわびている。
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