2020年12月25日記載
収入とは他人を喜ばせる社会的価値を数字化したもの
収入とは社会的価値を数字化したものである。社会的価値とは他人が喜んでくれる人数に比例する。どんなに自分が価値の高いモノだと判断しても他人が価値が高いと認めてくれる人数が少なければそのモノに対する相対価値は低い。

今年はプロスポーツ業界にとって前例のない厳しい一年だった。プロスポーツ選手はスポーツを通して他人に披露することでお金をもらう存在である。

プロスポーツ選手の年収は、人が喜んでくれる数に比例する。どんなに技術が優れていて成績優秀でも他人を喜ばせる絶対人数が少なければ、高収入は得られない。

一例を挙げたい。

100mで10.8秒で走れる人がいたとする。世間から見ればとてつもなく足の速い能力を持つ人である。

でも社会的価値の観点で見ると無価値な能力でしかない。なぜなら10.8秒のスピードだけで誰もその人にお金を出すほどの価値をもってくれないからだ。

プロスポーツの世界で収入を得るには、その世界のランキング上位になるとか競技の世界における順位はさほど意味はない。たとえ対象競技において日本人トップだったとしても、他人がそのスポーツに対しおカネを払いたいと思う絶対人口が多い競技のほうが収入も高くなる。

プロ野球と陸上競技。オリンピック競技の観点からすれば陸上のほうが価値があるように見えるが、トータルでみれば、プロ野球のほうが圧倒的に収入が高い。なぜなら野球選手にお金を払う絶対的に人数が多いからだ。

スポーツでおカネを得るプロで稼ぐには博打に近い。世間からみて優れた能力を持っていても、能力の高さが収入と比例しない世界だからだ。

わかりやすいのでスポーツで例えてみたが、一般の社会人でも全く同じ理屈が存在する。

どんなに学校で勉強ができたとしても、得た知識をアウトプットして多くの人が喜んでもらえる武器として使用しなければ、そこに価値はない。

どんなに優れたアイデアであったとしても、アイデアを形にして多くの人に存在を知ってもらい、喜んでおカネを払ってくれる環境になってこそ、はじめてアイデアに価値が生まれる。

小さい頃からスポーツに明け暮れてプロを目指したものの、挫折する多くの若者たちに、こうした社会の仕組みを教えてあげる周りの大人が少ないように感じている。

趣味であるスポーツなら好きにやればいい。でもプロを目指すようなレベルなら、プロスポーツとビジネスの関係は絶対に教育すべきではないだろうか。

我が子には、学校では教えない本当の意味での経済学を徹底的に教えていこうと思っている。

私が幼少期の頃に親から教えてくれなかった資本主義、経済の仕組み、お金持ち思考。

説得力を増すには私自身が実績を作らなければならない。そのためにもWebサービスを絶対に成功させなけばならない。

2021年はホップからステップするステージとなる。自分が作ったアイデアを形にし、多くの人たちに価値を提供する存在として、将来の子どもたちに実績として示さなければ、先に書いたような話に権威性を持たせるためにも実績を作る。

来年に向けての最大ミッションである。
コラムワード検索
表示件数
ワード検索
本コラムに関する意見
Twitterにて受け付けます @megahit_jp